「恐怖症・うつ・パニック症状」発症のメカニズム

今回、川崎で悲しい事件が発生しました。

 

まずは、犠牲になられた方々へご冥福をお祈りさせていただきます。

そして深い悲しみにある皆さまが、一日も早く心身ともに安らかになれる日が参りますよう祈念いたします

 

さて、この事件に関して様々な意見があると思います

そのため、私も書くか迷いました

 

正直、加害者の方に会ったことも話したこともありませんので的外れかもしれません

 
様々なご意見やご批判もあるかもしれませんが、一つの考え方として微力ながらお役に立てばと考えています

あくまで私の主観として書かせていただきます

 

何故このコラムを書くことにしたのかというと、私にとっては他人事ではなかったなと感じたからです

 

今ではそういったことはないのですが、過去に引きこもった時期があり、少しだけ似たような感覚がありました

 

まずはどういう状況なのか理解するために、メンタル不調の仕組みからお話します

 

メンタル不調はどういう状況なのか?

現実の世界で辛く悲しい出来事が続き、解決の見込みがまったく見つからない状況になっていくと、現実の世界を見たくなくなります

 

そして、どんどんと視野が狭まっていきます

 

限りなく視野が狭まってしまった状態がメンタル不調の一つの姿

ここまで来ると、世界を顕微鏡で見ているような状況になってきます

 

そのため、どこを見渡しても、カビや雑菌だらけで世界や世の中が汚く汚れているように見えてきます。

 

つまり同じものを見ていても、普通の人と、見えているフレームが違っています

 

また、視野が狭いため、世界が薄暗く見え、少し頭を動かしただけで見えている世界がもの凄くゆれます

 

カメラのズーム機能を使って拡大している時に、手ブレが凄く気になるような状況に似ています

 

これがパニック症状のメカニズムになります

 

恐怖症やうつ症状とパニック障害を併発しやすいのはこのためです

 

ここまで来ると、身近に助かる方法があったとしても視野が狭すぎて「見えない」「気づけない」という悪循環が発生します

 

「世界が暗く見え、簡単なハードルが越えられない」

そして、ほんの少し客観的に見られるだけで、抜けられる簡単なハードルが越えられないということが起きてきます

 

そして視野が狭いということは、心の窓が狭くなっているため光が届かず心が暗い状態になります

 

そんな視野の状態で、幸せで豊かな姿を見てしまうと眩しすぎて目が痛くなり、より辛さが増してきます

 

幸せな誰かとそうでない自分のギャップを強く感じ、嫉妬や恨みのようなものも生まれたりします

 

そのため、そんな眩しい光を消し去りたいと思ってしまうことがあります

 

「自分の力だけで乗り越えるのは難しくなってくる」

ここまでくると、自分の力だけではなかなか抜けるのは難しくなってきます

 

何年か前から「自己責任論」が主流になっており、その主張は尊重したいのですが、ただしこういった状況には逆効果になってしまうことを感じています

 

私がかろうじて、そんな状況から抜けられたのは、友人知人が声をかけてくれたからです

 

結果として僅かでも、自分が社会の一員として必要とされているかもしれないと感じられたことが抜けられた要因だと思っています

 

だから、重く怖く開けなかった扉を開けられるようになりました

 

今でも本当に感謝しています

 

「メンタル不調とどう接していくか」

普通の人から見ると、メンタル不調というのは、とにかくわけがわからない

 

どう接したらいいのか、理解できないから近寄りにくいとなっているのではないかと思います

 

同じものを見ていても、見えているフレームが違うと考えていただくだけでも接しやすくなるのではないか?と考えています

 

ただ不調になっている時は、社会に絶望して正直かかわりを持ちたくない人も多くいます

 

そのため、深入りする必要はないです

 

表現は難しいですが、見て見ぬフリをしながら時々でいいので声かけしてみる

 

難しく考えず、ただ生存確認の声かけと気が向いたら出てこないか?と誘ってもらえるだけでもうれしかったりします

 

あとは、出てこれた時に、歓迎できるかどうか?

 

不調の時はとかく視野が狭いため、自分がいかに不幸であるかといったことに目が行きがちです

 

そのため、そんなつもりはないのですが、傍から見ると一見わがままに見えてしまうことがあります

 

そして、あいつは変なやつだとなって、また受け入れられず部屋に戻ってしまったりします

 

また、家の扉を開いて外に出るということは、普通の人にとっては当たり前のことでも、対人恐怖やメンタル不調の状態の時は、猛獣がうごめくジャングルに飛び込むような勇気が必要です

 

出てくることが当たり前ではなく、出てこられただけで、凄いと言えるかどうか?

 

そして回りから、必要とされていると感じられる声かけがあるだけでも違ってくるんじゃないか?と思っています

 

もし今あなたが、同じような不調の状態で、周りからの支援が得られないとしたら、自分に対して「外に1歩出られただけで凄い」と言ってあげることができるだけでも状況に変化が訪れることがあります

 

私の場合は、そんな小さな1歩からスタートして現在があるなと思っています

 

私も、微力ながらそんな声かけができればよいなと感じたため書かせていただきました

 

今回のような出来事を防ぐための一つの方法として、私の体験が少しでもお役に立てば幸いです

 

以下から ご質問・ご感想 お待ちしています

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